「私はコミュニケーション能力が高い。」
今までずっとそう思っていました。
就職や転職の面接でも
「私の長所はコミュニケーション能力です」と自己アピールしていたくらいです。
初対面の人とも普通に話せる。
新しい職場にも比較的すんなり馴染める。
人間関係がギクシャクしそうなら
自分からコミュニケーションを取って、できるだけ円滑にしようとする。
だから私は「人付き合いが得意な人間なんだ」と思っていました。
ところが40代になり
会社員として働く生活から少しずつ離れて、一人で仕事をする時間が増えました。
すると、あることに気づいたんです。
……一人って、めちゃくちゃラクじゃない?(笑)
そして久しぶりに人と関わると、ものすごく疲れる。
昔なら自然にできていたはずの愛想笑いまで
なんだか下手になっている(笑)
最初は「年齢とともにコミュ力が落ちたのかな?」とも思いました。
でも、自分のこれまでを振り返ってみると
少し違う気がしてきました。
もしかすると私は、人付き合いが好きだからコミュ力が高くなったのではなく
人付き合いで疲れたくないからこそ
うまくやる方法を身につけてきたのかもしれない。
この記事では、ずっと「自分はコミュ力が高い」と思っていた私が
40代になって気づいたことを書いてみます。
「昔はもっと人付き合いできたのに、最近なんだか疲れる」
そんな方が、自分のコミュ力について
少し違う角度から考えるきっかけになればうれしいです。
「コミュ力が高い=人付き合いが好き」だと思っていた
そもそも、コミュニケーション能力が高い人というと
どんな人を想像するでしょうか。
誰とでも話せる。
人と会うのが好き。
初対面でも物怖じしない。
みんなでワイワイするのが好き。
いわゆる「陽キャでコミュ力高め」みたいな人(笑)
私はたぶん、そっちではありません。
どちらかというと一人でいるのは平気だし
大人数で集まるより自宅で猫とゴロゴロしていたい。
でも仕事では人と普通に話せる。
初対面でも必要なら会話できる。
新しい職場にも馴染める。
だから「私はコミュ力が高い」という自己評価になっていました。
実際、それ自体は間違っていなかったと思います。
コミュニケーションを取る能力は、それなりにあった。
ただ「コミュニケーションができること」と
「人付き合いが好きなこと」を同じだと思っていた。
ここが違ったんですよね。
人付き合いで疲れるからこそ身につけた「コミュ力」
改めて考えてみると
私は人間関係で面倒なことが起きるのが昔から嫌でした。
誰かとギクシャクする。
職場の空気が悪くなる。
「あの人、怒ってる?」と気にする。
そういう状態の方が、私にはしんどい。
だったら、最初からうまくやっておいた方がラク。
だから自分から話す。
相手に合わせる。
空気を読む。
必要なら愛想よくする。
人間関係が悪くならないよう
先回りしてコミュニケーションを取る。
それを長年繰り返していたら、結果として
「人付き合いが得意な人」に見えるようになっていたのかもしれません。
つまり私は
人付き合いが好きだからコミュ力が高くなったのではなく
人付き合いで消耗するからこそコミュ力を身につけた。
自分では「ネクラだからこそ備わったコミュ力」だと思っています(笑)
今振り返っても
当時それを苦痛だとは思っていませんでした。
それが私にとっての「普通」だったからです。
人付き合いが「できる」と人付き合いで「疲れない」は別
会社員として働いていた頃は
毎日のように人と関わっていました。
仕事なので、それが当たり前です。
苦手な人とも話す。
相手の様子を見ながら言葉を選ぶ。
新しい職場に入れば、その職場の人間関係に馴染もうとする。
ずっとやっていたから
「私はこういうことが得意なんだ」と思っていました。
でも在宅で一人で働く時間が増えて
一気に人と接する機会が減りました。
そこで初めて
「人に合わせなくていいって、こんなにラクなんだ」と気づいたんです。
そして逆に
人と会った日の疲れが以前より分かるようになりました。
これは「コミュ力がなくなった」ということではなかったんですよね。
今でも必要なら人と話せます。
初対面の人とも会話できます。
でもできることと、疲れないことは別。
ここを分けて考えるようになったことで
自分のことが少し分かった気がしました。
40代になってコミュ力が落ちたわけではなかった
人と関わる機会が減ってから
「昔より愛想笑いが下手になったな」と思うことがあります(笑)
以前なら自然にできていたことが
少しぎこちなくなったように感じることもあります。
でも、それだけで「昔よりコミュ力が落ちた」とは思わなくなりました。
そもそも以前の私は、人と関わる機会が多かった。
毎日のように使っていた能力だったから
自然にできていただけなのかもしれません。
そして何より、人と関わることにどれだけエネルギーを使っていたのか
以前は気づいていませんでした。
一人で働く時間が増えたことで、初めて比較できるようになったんです。
人と話せる。
場の空気も読める。
必要なら相手に合わせられる。
それでも疲れる。
この二つは、矛盾していませんでした。
コミュ力があるから、無理して人付き合いを続けなくてもいい
以前の私は「できるなら、やる」という感覚だったのかもしれません。
人と話せるんだから話す。
職場に馴染めるんだから馴染む。
周りに合わせられるんだから合わせる。
でも40代になった今は
「できるかどうか」だけで判断しなくてもいいと思っています。
できるけれど、すごく疲れることもある。
得意に見えるけれど
自分ではかなりエネルギーを使っていることもある。
これは人付き合いだけではありません。
仕事でも「できるけど、続けるとしんどい」ことがあります。
できること全部を、自分がやり続けなければならないわけではない。
そう考えるようになってから
「コミュ力があるんだから、誰とでもうまく付き合わなきゃ」
とも思わなくなりました。
人間関係で疲れすぎないために、私が40代になって変えたことはこちらの記事で詳しくまとめています。

まとめ
コミュ力が高くても、人付き合いで疲れることはある
私は長い間
「人付き合いができる=人付き合いが得意」だと思っていました。
初対面でも話せる。
新しい職場にも馴染める。
人間関係が悪くなりそうなら、自分からコミュニケーションを取れる。
そんな自分は、人付き合いが得意なんだと。
でも40代になって一人で働く時間が増え
その考えは少し変わりました。
私の場合は、人付き合いが好きだから自然にやっていたというより
人間関係で消耗したくないから
うまく付き合う方法を身につけてきたのかもしれません。
だから、人とうまく付き合えることと
人付き合いで疲れないことは別。
昔より人と関わることがしんどくなったからといって
「昔の自分に戻らなきゃ」と考えなくてもいいと思うようになりました。
もし今
「昔はもっと人付き合いできたのに」
「コミュ力が落ちたのかな?」
と感じているなら
「本当に人付き合いが得意だった?
それとも、得意に見えるくらい頑張っていた?」
と考えてみると、自分の見え方が少し変わるかもしれません。
少なくとも私は「コミュ力はある。でも人付き合いは疲れる」
その両方があってもいいと分かって
以前より自分の働き方や人との距離を選びやすくなりました。

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